はじめに
ロボカップジュニアのサッカー競技ではロボットへのヒューズの搭載が国内ルールによって義務化されています。 本記事では、ヒューズによるバッテリの簡易的な保護について説明します。
本記事は特定のコンテストに参加する事を前提とし、その参加者や関係者への情報共有を目的として書かれています。 RoboCupJunior Soccer(以降RCJ)を想定しています。
ヒューズを搭載する目的
ロボットへヒューズを搭載する目的は、ロボットが故障や危険な動作状態になった場合に、その状態を自動的に脱する機能を持たせることにあります。 ロボットのハザード(危険源)は、大きく分けてバッテリとジュール熱の2つが考えられます。
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バッテリ
バッテリはロボットの動力源であり、ハザードのエネルギ元でもあるため適切に運用される必要があります。 バッテリの中でも、リチウムイオン電池等などの内部の材料に可燃性のガスを発生させるものは特に注意して扱う必要があります。 バッテリには設計上の定格電圧よおび定格電流が定められており、これを超えたり下回って運用すると、バッテリの損傷を招くリスクが増えてしまいます。 -
ジュール熱
抵抗に電流を流すと発熱します。 その発熱の量は電流が大きいほど増加します。 ロボットの回路が不具合を起こしたりしたとき、配線のジュール熱は非常に大きなものになり、火傷をするほどの危険な温度になる場合があります。
これらの危険源は、いずれの場合も早い段階で電源と負荷を遮断する事で危険な状態を脱する事ができます。 逆に、長い時間危険な状態を保ち続けると、最悪の場合バッテリが不可逆な損傷(燃焼を初めてしまった場合、もう安全な状態には戻らない)を起こしてしまい、これは何としてでも避けなければなりません。
ヒューズは、ジュール熱を用いて電源と負荷を切り離す装置で、これらの危険源を瞬時に自動的に遮断する目的で使われます。 ヒューズをロボットに搭載するときには、ヒューズが期待された目的「瞬時に切り離す」をきちんと実現するように、ロボットの電気システムに応じて適切な設計のもとで選定されなければなりません。 以降では、その設計について説明します。
ヒューズのインストール
電源スイッチとヒューズの直列回路の構成
バッテリの保護を目的としてヒューズを入れる場合には、ヒューズはバッテリのコネクタに最も近い場所に、なるべく抵抗の小さな配線(一般に太い配線ほど低抵抗)で接続されます。 バッテリを搭載して自らが移動するロボットでは、まずパワー段にヒューズとスイッチが入ります。 RCJのような自律型の移動ロボットには、プログラムのバグにより意図せず走り続ける等の危険な状態を手動で解除するために、バッテリを遮断するスイッチは必ず搭載されている必要があります。 以上の前提を元に、以下のようなシステムを考えます。
図1では、バッテリから負荷(ロボットのモータやセンサ、マイコン等はすべて電気的には「負荷」として扱われます)への経路に至るまでの、ヒューズとスイッチの直列回路の例です。 RCJをはじめとして、多くのロボットのパワー段の入力部分はこのような構成になると思われます。 このとき、①から⑥で示した黄色のラインによって、パワー段が短絡してしまった場合について考えます。
②③⑥については、短絡をヒューズにより検出し遮断することができると考えられます。 しかし①④⑤については、バッテリからヒューズを経由せずに短絡が起こるケースとなるため、最もリスクの大きな故障モードであると言えます(※1)。 上の構成と下の構成を比較したとき、上の構成のほうがヒューズによって遮断可能な配線が多数となるため、上の構成の方が安全的には好ましいと考えられます。 しかし依然①の短絡モードのリスクは検討されている必要があり、これを引き起こさないための高品質なはんだ付けと絶縁処理は、技術を持った指導者または大会運営による品質レビューにより担保される事が求められます。
図1に示したような配線間の短絡は、主に金属フレームへの漏電や、配線のダメージ、バッテリコネクタのはんだ不良や熱収縮チューブの仕上げ不良などが原因で発生します。 特に、RCJのロボットにおいては、バッテリの周辺には金属のねじやフレームが密に配置されている場合が多く、金属フレームへの漏電のリスクは大きくなる傾向があります。 加えて、RCJの場合は作業者が中高生をはじめとした学生であるため、電気配線の信頼性が低く、パワーケーブル同士の短絡事故のリスクは増加します。 これを懸念して、RCJでは日本国内でのいくつかのローカルルールが定められています。
- 導電性の材料によるバッテリの固定の禁止(第7章)
- バッテリコネクタの選手による交換の禁止(第4章の⑤)
このローカルルールは、開発側の立場からすればコネクタの選定自由度が奪われ不満に思われるかと思いますが、ヒューズにより回避できない短絡経路のリスクを念頭に置いたもので、個人的には合理的な指針であると思います。
ヒューズの選定
ヒューズを搭載する目的は、バッテリの放電能力を超えて放電し続けるような状態(ロボット内部で配線が短絡したり、モータがストールし続けたり)を避けることにあります。 なおかつ、ヒューズを入れることでロボットの動きに支障があってはいけません。 この2つを同時に達成するためには、以下の2つが満たされる必要があります。
- ヒューズの溶断電流がバッテリの放電電流よりも小さいこと
- ヒューズの溶断電流がロボットの正常動作中に流れる電流よりも大きいこと
バッテリの放電能力の把握
まず、バッテリの放電能力を把握します。
例として以下のバッテリを参照します。
【72x34.5x19mm Flat】 リポバッテリー KYPOM K6 11.1V 1000mA 35C-70C //4J19A
商品説明欄より連続放電: 35C(35.0A) 瞬間最大放電:70C(70.0A)
がわかります。
35C-70Cと表現される放電容量
は、バッテリの容量[mAhまたはAh]との掛け算によってバッテリの放電電流を計算するための係数で、放電レートなどと呼ばれます。
充電する時と放電する時で、それぞれ違う値が用いられることが一般的です。
RCJでは、充電は1C以下で行うことがローカルルールで定められています。
瞬間放電能力については、その「瞬間」というのが具体的に何秒くらいなのか、今回例として扱うKyPomのバッテリには詳細がありませんでした。 一般的に、数秒から10秒程度がバッテリにおける「瞬間」だと思います(※2)が、書かれていない以上は疑ってかかるのが正しいでしょう。 今回は、連続放電を超えたらすぐに切れる事を前提にヒューズを選定します。
- ※1 ⑤は即座に人がスイッチを遮断する事でリスクが減る可能性はありますが、機械式スイッチの故障モードには接点が溶解し張り付いてしまう故障モードが存在するため、①④と比較して大幅にリスクが下がるとは考えにくいです。
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※2
例えばA123システムズのセルは定常50A瞬間120Aで、瞬間は10秒間と定義されています。
参考:Nanophosphate® High Power LithiumIon Cell ANR26650M1-B
ロボットの消費電流の見積もり
次に、ロボットの正常動作中に流れる電流がどれくらいかを見積もります。 それぞれの負荷がどれくらいの電流を消費するかを、データシートから把握し、それがロボット上でどのように接続されているかを確認します。 例として、私のサッカーロボットYunit3の電気システムを図2に示します。
水色で示した値が、分岐する前の経路で合計どれくらいの電流が流れるかを、それぞれの負荷の定格またはピーク電流を足し合わせて計算したものです。 Yunit3には、パワー段の根本にバッテリ保護用のヒューズが1つ搭載されています。 それに加えて、ロジックの5Vラインのうち、ラインセンサなどのロボットのシャーシの近くを配線が通り、漏電のリスクが高い部分に小さい定格のヒューズを入れています。
一般に、電圧や電流のレンジが大きく異なる部分には、その都度適切な定格の保護回路を搭載するのが良いです。 参考:電流ヒューズの基礎知識 - KOA
昇圧回路などの、他のデバイスを壊す可能性のある高い電圧を扱う部分が電気システム内にある場合には、高い電圧に分岐する手前の部分に電圧保護を入れます。 TVSダイオード等を並列に挟むのが確実です。 サッカーロボットで昇圧回路を動かした瞬間に落ちるケースなどは大抵これで解決します。
適切なヒューズの定格値
ロボットに最低限搭載する事が義務付けられているバッテリ直後のヒューズは、ロボットが消費しうる最大の負荷見積もりを少し上回る程度で設定するのが良いでしょう。 Yunit3では、想定される最大負荷は約19Aで、ヒューズは20A定格のヒューズを搭載しています。 ヒューズがロボットの消費電流に対してべらぼうに大きな定格である場合、ヒューズが異常状態を検出する事ができなくなります。 逆にヒューズの定格がロボットの消費電流よりも小さい場合には、正常動作でもヒューズが切れてしまいます。
ヒューズの溶断時間の見積もり
ヒューズには目的に応じて様々な特性のものが存在するため、同じ定格電流のものでも、切れるときの電流時間特性はものによって大きく違いがあります。 例として、Yunit3と同じ定格20Aのヒューズをいくつか探してみます。
まず秋月電子のガラス管ヒューズ MF61NR 250V20A 32mmを見てみます。 データシートを参照すると、「200%で2分以内」と記載されているのがわかります。 すなわち、定格である20Aの200%である40Aを流し続けて、2分間以内にようやく切れるという事になります。
ガラス管ヒューズをはじめ、建物等に設置される機器用に用いられるヒューズにおいて、定格電流は「その電流を流し続けても切れない」前提で設計されています。 ヒューズの定格電流を「その電流に到達すると切れる」ものと理解される事が多いですが、これは誤りで、実際には定格電流を流し続けてもヒューズは切れない事になります。 家庭用のブレーカー等も同様に、定格の200%で数分〜数十分以内に遮断されるように、JIS(日本工業規格)によって定められたものが用いられます。 参考:漏電遮断器の選定 - 東芝
定格の200%を流してもすぐに溶断しないヒューズは、非常に短い時定数で動く競技ロボットには適切ではありません。 注意すべきは、この200%がバッテリの連続放電(Countinues Discharge)を超えていた場合、ヒューズが溶断する2分間の間にバッテリが損傷する危険性があります。
定格を超えた電流を素早く遮断するような特性のヒューズには、自動車用のブレードヒューズがあります。 例としてLittelfuseのブレードヒューズを図5に示します。
先ほどと同じ20A定格のヒューズについて、200%(40A)の電流が流れた場合の溶断時間を、両対数グラフから読み取ります。 ガラス管ヒューズの2分と比較して非常に早い、0.6秒で溶断されることがわかります。 車用のブレードヒューズはロボットと同じDC回路の回路異常を素早く遮断し保護する目的で用いられるため、このような溶断特性特性を持ちます。 ロボットに搭載されたバッテリの保護や、配線等の発煙・ジュール熱による危険な温度上昇の回避が目的であれば、このような溶断速度の早いヒューズを用いるのが良いでしょう。
現行のバッテリ規制に対する改善提案
ロボカップジュニア・ジャパンオープン 2019 和歌山 競技運営指針に関する改善提案です。 このガイドラインは、国際大会であるRoboCupのうち日本国内のみに適用されるローカルルールとして、サッカーでは2017年頃から運用され初めたものと記憶しています。 2019年のガイドラインからはアップデートがなく、各ブロックは2019年のものを引き続き採用しているという理解です。
ガイドラインには、ロボットに搭載する保護回路についての規定として、以下のような記載があります。
第6章:保護回路に関する規定この記載には、ヒューズの搭載義務と、その定格を20A以下にする事が定められています。 しかしながら、前途のとおりヒューズは電流と時間により動作しますが、ガイドラインには溶断時間についての記載がありません。 加えて、バッテリを保護する目的であれば「ヒューズの溶断電流がバッテリの最大放電電流よりも小さい」事が担保されていなければなりませんが、ガイドラインにはバッテリの放電能力についての記載がありません。
使用するバッテリーに適合した専用 IC を用いた、過電流・過放電に対する保護回路を作成または購入し、ロボットに搭載しなければなりません。 また、ロボット制御回路内のショートに対する対策として、保護回路と制御基板類との間に 20A以下のヒューズを取り付けなければなりません。
現行のガイドラインでは防ぐことのできない危険なロボットの設計として、以下のようなものが考えられます。
ロボットの設計例 | 想定される危険事象 | 担保されているべき事項 |
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バッテリの瞬間最大放電容量が10Aで、バッテリ保護用のヒューズの定格が20Aだった | バッテリの放電容量超過によるバッテリの発熱・破損、最悪の場合は発火 | ヒューズの定格がバッテリの連続放電電流よりも小さいこと |
連続20A瞬間40A(10秒間)のバッテリを保護するのに、20A・200%2分以内溶断のガラス管ヒューズを搭載した | バッテリは10秒までしか流せない40Aの電流を2分間流し続けたためにバッテリが破損、最悪の場合発火 | バッテリの連続放電電流を上回ったとき、ヒューズが1秒以内に切れること、など |
ヒューズよりも前のパワー段に塩ビのケーブルを用いたロボット | ジュール熱により塩ビの絶縁被膜が溶けて、導線同士が接触。ヒューズよりもバッテリ側の部分の短絡であるため、遮断できない。短絡した導線は非常に高温であるため、人の手でコネクタを抜くことはできない。最悪の場合、バッテリや塩ビケーブルが発火。 | パワー段のケーブルおよびコネクタの最低AWG数(太さ)および定格電流の規定。難燃性ケーブルの使用義務。 |
バッテリからヒューズへの経路の配線が非常に細いロボット | 配線の経路抵抗が高く、ジュール熱を生じて周辺の構造物や操作者の指に火傷を負わせる。高温となったケーブルがバッテリ自身に触れ続けた場合にはバッテリが損傷する。 | パワー段のケーブルの最低AWG数(太さ)の規定。 |
これらの例は、いずれも自分が実際に見たことがある例で、その都度適切に技術指導をしています。 2020年関東ブロック大会で電池の検査と技術指導を委任された事がありますが、その際にも上記の多くが実際に確認されています。 是非ガイドライン側で網羅される事を期待したいと思います。
さいごに
最後まで読んで頂きありがとうございました。 もしご指摘や記事への改善提案等ありましたら、コメントかブログメッセージまたはTwitter等へ連絡して頂くと対応できます。
その他
- 本記事は今後も必要に応じて加筆修正が行われ、予告なく内容が変更される場合があります。
- 本記事の執筆者は、過去にRCJJ直属の大会での運営に携わりましたが、RCJJの直接の関係者ではありません。
- 本記事の内容を根拠とした問い合わせ等をRCJJ関係組織へ行うことは絶対におやめ下さい。
コメント
コメント一覧 (3)
ためになる記事をありがとうございました。
>バッテリを保護する目的であれば「ヒューズの遮断電流がバッテリの最大放電電流よりも小さい」事が担保されていなければなりません
どうやら「遮断電流」の意味を勘違いされているようですが、遮断電流とは「ヒューズが破壊(破裂)することなく、安全に遮断できる電流」のことです。
つまりこの値が大きいヒューズほど、より大きな電流が流れたとしても安全に遮断できるのです。(遮断電流は大きければ大きいほど良い)
つまり、
>バッテリを保護する目的であれば「ヒューズの遮断電流がバッテリの最大放電電流よりも小さい」事が担保されていなければなりません
というのは全くの正反対で、実際にはバッテリーを短絡させたときに流れる電流よりも大きな遮断電流を持つヒューズを選定すべきです。
恐らく「溶断電流」と勘違いしているのでは?
詳しくは下記URLをご覧ください。
https://detail-infomation.com/fuse-current-difference/
こんにちは、コメントありがとうございました。ご指摘の通り気持ち悪いので、キャプションは日本語で揃えることにします。
@ツイから来ました さん
> 恐らく「溶断電流」と勘違いしているのでは?
全くご指摘の通りでした。記事の内容をすぐに訂正致します。
> バッテリを保護する目的であれば「ヒューズの遮断電流がバッテリの最大放電電流よりも小さい」事が担保されていなければなりません
> バッテリを保護する目的であれば「ヒューズの遮断電流がバッテリの最大放電電流よりも小さい」事が担保されていなければなりません
これら2つは「溶断電流」と「遮断電流」の勘違いで説明が付くかと思われますが
>「遮断電流100A」の記載があるように、ガラス管ヒューズは定格電流と遮断電流の差が大きい特徴があります。
については明らかな理解不足なので、関連する情報を削除したいと思います。
ありがとうございました。