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ロボットコンテストへ参加するにあたって、実機を製作するための製造環境というのは金銭的にも習得にもコストがかかる部分です。 コンテストにも、参加者に社会人が多いものや学生向け、あるいはどちらも混ざったようなものまでありますが、いずれにせよお金や時間に必ず制約がある中で、いかにして高いパフォーマンスのロボットを作れるかが参加者の腕の見せ所になってきます。

このブログ記事は、私が参加していたRoboCupJunior(以下RCJ)の読者が多いので、RCJ参加者を対象として書いていきます。 内輪ネタに近い内容が含まれるかと思いますが、ご容赦願います。 RCJは学生のみ対象のコンテストなので、金銭的な制約がとても支配的で、かつ大人の技術的な介入が禁止されている大会です。 加えて、大学入学以前の参加者が大半の大会なので、団体が持つような工作設備は存在しないことが多く、ほとんどは個人で設備を調達しなければいけないという特殊な事情があります。

RCJに参加するとなぜCNCが欲しくなるか

さて、テーマの「CNC加工機を導入したい人へ」ですが、この話題はRCJという大会においてはそこそこホットな話題であると認識しています。 参加者の多くが、大会を通して最終的に見ることになる国内のトップチームや世界大会参加チームのロボットを見て、そのパフォーマンスの高さそのものでなく、取り入れられている製法に心を打たれることが多いからです。

指導する大人の立場からすれば、CNC加工機というのは最低でも数十万円の導入費用がかかりますし、金属やCFRPで削り出しのフレームを作るというのは19歳以下(ましてやその大半が高校生以下)のRCJには過剰であるはずだというのは当然の感覚です。 しかし最近の大会の現状としては、選手がCNCというツールを必須と考えるのも納得がいく状況になりつつあります。

今のRCJはどうなっているか

RCJといえば、ロボット・プログラミング教室上がりのキットそのままで参加できる大会というのが、僕が当時小学生くらいの時のイメージでしたが、最近はどうやらそうでもない雰囲気になりつつあります。 RCJは19歳以下向けのコンテストでその参加者の多くは高校生以下であるにも関わらず、最近では金属かCFRPで作られた1~2kgの車体が約2m/s程度でぶつかり合うのが当たり前の大会になりました。 末端の地区大会などでは、ロボット体験教室上がりの初参加のLEGOロボットがキックオフ1秒後に粉々になるような光景をよく見にするようになり、参入障壁の高さは最近課題になりつつあります。

参考のために、日本のトップチームの試合動画をオープンリーグとライトウェイトリーグそれぞれ探してきました。 動画からロボットの製法までを把握するのは難しくても、この大会で勝つために求められるロボットの性能がおよそ把握できるのではないかと思います。


動画1 サッカーオープンリーグ、2019年ジャパンオープンの動画

動画2 サッカーライトウェイトリーグ、2019年世界大会での日本代表チーム同士の試合

紹介した動画に出てくるロボットはすべて、CNC加工機や3Dプリンタ、ライトウェイトリーグではCFRPなどの高度材料を活用した、大会トップレベルのロボットです。 オープンリーグとライトウェイトリーグの違いは、主にボールがアクティブかパッシブかの違いと重量制限の違いですが、ライトウェイトリーグのほうが重量の制約が厳しいため、CFRP等の高級材料を使って極限までパワーウェイトレシオを上げるチームが多いです。 私もどちらのリーグにも参加した経験がありますが、製法がよりシビアになるのはライトウェイトリーグの方だと考えています。

大会での勝敗には、ソフトウェア開発や複数いるチームメンバーのリソース管理などが複雑に絡んでいます。 動画に出てくるようなチームはそれらの総合力が優れていたから勝てたのであって、加工機や材料とのようなメカ的な要素だけで勝てたわけではないでしょう。 それでも、CNCの活用がなければここまでの移動能力を持つメカを開発できないというのは、正直なところ否定する余地があまりありません。

大会で勝つこととCNCを欲しがることの間にあるもの

CNCを使うこと自体は勝つことに繋がらない

CNCを使えることと大会で勝てることの間には明らかな因果関係があるように見えますが、勝つためにはCNCが必要だというロジックに対しては、明確な反論の余地があります。 大会で勝つ力というのはいわば総合力であり、設計・製造・ソフトウェア・プレゼンテーション・チームマネジメントが総合的に求められます。 ロボットを作る上においてはメカ・回路・ソフトの設計が重要ですし、競技で勝つ上においてはプレゼンテーションやチームのマネジメントなどの能力が重要になります。 これらの全体像を無視して、ロボットの性能だけが、ましてやそのまたごく一部でしかない製造の技術だけが優れていたから勝てると考えるのは、あまりにも短絡的で浅はかです。

一方で、ロボット製作それ自体が好きな人にとっては、CADやCNCなどの高度な製法を身につける事自体が憧れであり、楽しい事だと思います。 参加者も周りの大人も、大会で勝つことと技術を学んでみにつける事を分けて考えるべきであるのと同時に、技術的な挑戦に対しては選手も周りの大人もポジティブに考えるべきだと私は考えています。

それと同時に、より高い製法が取り入れられて大会全体のレベルが上がり、技術インフレが起こることも、私はとても良いことだと考えています。 なぜなら、RCJという大会は教育が目的のただのイベントであり、勝つことを目指す中で本人が獲得したものを除けば、大会が終わればただの「イベントの結果」でしかないからです。 これについては、RCJJ2021交流会で登壇した際にも話したので、よろしければ見てみてください。

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図1 私が初めて大会に参加した2015年と比較すると、大会全体でのロボットの製造手法が大きく変わると同時に、参加者の発信する情報が多くネットに出回るようになった(RCJJ2021交流会での登壇スライドより)

手加工とCNCは何が違うか

ロボットを初めて作るような人にとって、まず最初に触る製法は「手加工」によるものだと思います。 ロボット工作キットなどでは、よく5mm間隔で穴が空いたようなフレームに対して、好きな場所にねじを通して組み立てることで、ある程度の自由度で好きな形のロボットを作ることができます。 私も初めてロボットを作ったときは、タミヤの工作キットによくお世話になりました。

手加工は、一見手間がかかる作業ではありますが、1台のロボットに使うための1枚のフレームの加工であれば、材料にもよりますが手加工が最も早くて思い通りの形状を作れる製法です。 手加工の場合には、例えばプラスチックを雑に切るだけなら糸鋸ひとつで満足で、そこから断面形状をより仕上げたければヤスリを、より穴の垂直や真円度を上げたければボール盤を、と、材料や要求される精度によって使うツールを増やしたり切り替えたりしていくことができます。 使うツールを段階的に選べることで、予算や加工スキルや時間に合わせて最も最適な作り方ができるのです。

手加工で複雑な形状を加工する例として、過去にROBO-ONEという二足歩行ロボットの競技大会に参加していた頃の部品の加工手法を紹介します。 オプティカルセンタポンチという光学式の特殊なセンタポンチを除けば、どれも数千円で手に入れられる設備で製造されています。 写真の例では材料がポリカーボネートで非常に加工が楽ですが、手が疲れるだけで、同じ手法でアルミの加工も行うことができます。

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図2 手加工で複雑な形状のフレームを切り出す例(筆者が中学生のときの製作記録より)

手加工で部品を製造する際に設計で意識しておくべきこと

手加工で部品を削るときには、加工する本人の負担を減らすために部品の形状やカットの距離・回数・方向を可能な限りシンプルにすると同時に、その部品が持ち合わせの設備で加工ができるように設計する必要があります。 例えば、自分が所持しているバイスがつかめる最大のふところの深さを把握して部品に適切なつかみしろを設けたり、糸鋸でくり抜く際には糸鋸の刃が入るような直径の穴を開けておく等は「手加工のための設計」の技術であると同時に「製造制約を考慮した設計」の技術でもあります。

こうした製法を考慮した設計は、ツールがCNCや3Dプリンタへと変化したとしても、共通して必要になる設計のスキルで、これの習得は、これからCNCや3Dプリンタを導入する人にとっても共通の課題と言えるでしょう。 製法や材料をより良いものに置き換えても、高い工作機械を買い揃えても、それらの特性を把握して設計に反映できるようになるまでは、最終的な成果の良し悪しは設計に律速します。 加工機を買えばすぐに思い通りのパーツが製造できるというのは全くの間違いで、手加工で同じ部品を削るのと比較すると、CNCを導入して部品を加工するためには「最低限必要な手順」が大幅に増えてしまい、それらの習得のためのはそれ相応の学習コストを覚悟しなければいけません。

図3では、CNC加工機を用いると手加工に比べて必要な工程が多くなるということが、かなり誇張して書かれています。 誇張されているというのは、実際には3DCADで複雑なメカ設計をするかどうかは自由意志だが、なんか複雑なものが表示されていたり、切削レイアウト作成や治具作成は手加工の際にも必要な場合があったりするなあ、という意味です。

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図3 手加工に比べてCNC加工は工程が多いという内容をかなり誇張して書いた図

重要なのは、手加工でいう「手で削る」の工程の中身には、非常に多岐にわたる加工ツールの選択肢とその使い分けの自由度が存在するという事です。 CNCであればエンドミルで削る以外の選択肢がない加工方法を、雑で良ければカッターで溝を入れて折るでも良いし、精度が必要な部分があれば特別にやすりで仕上げればいいし、必要な部品のクオリティに合わせていくらでも作り方を選べます。 一方で、CNCを使って加工するためには、最低限押さえておかなければならない工程が最初からそれなりに存在し、かつ融通がききません。 CNCで作るとなった瞬間に、最低限CADで部品の形状が作られていて且つ加工機と切削条件のハンドリングがきちんと習得できていなければならず、これを全て突破しないと部品がそもそも形になりません。

CNCと手加工・市販パーツ流用の損益分岐点

例えばあと1年でロボットを作らなければならないとして、CNCを使いこなせるようにかかる時間と、その時間で使い慣れた手法で開発していた場合とを比べたら、どちらの方が良い結果が期待できるでしょうか。 特に、RCJに参加するためのロボットをCNCで作りたいという時には、これは実にハマりやすい罠だと思います。 なぜなら、ロボットの性能に寄与するほどまで部品単体の性能に差をつけるためには、手加工では到達し得ないほど高いレベルでCNCを使いこなさないと、手加工や市販キットと比較してパフォーマンスが出せない事が多いからです。 CNCにかけるリソースとロボットのパフォーマンスには損益分岐点があり、それを突破しないとCNCは手加工に対して優位にならないという事です。

この損益分岐点を突破するには、CNCを使う事で必要になる新たな工程をすぐに習得できるだけの継続したモチベーションと学習スキルがあるのは当然のこと、最終的には開発時間そのものを増やして突破せざるを得ないかもしれません。 CNCは部品の個数が多かったり材料や形状の難易度が高い時に加工効率を圧倒的に上げることができ、なおかつ本来加工するためにその人が丸ごと割くであろう時間を開放できる事が大きな強みですが、要求される工程と作業量はトータルで見れば上がるため、空いた時間を使ってより設計に時間を捻出する事になるでしょう。

あるいは、CNCの導入自体が実は想像よりも難しいかもしれません。 ホビー用のCNCを満足に使えるようになるのは、そんなに簡単ではありません。 次の章で詳しく説明します。

ホビーCNCフライスの習得の難しさ

ホビーCNCを新たに導入したい人にとって、特に習得が難しいのはエンドミルの切削条件決定でしょう。 ホビーCNCの多くは価格や安全のために主軸のパワーやフレームの剛性に限界があり、切削量の変化に非常にシビアです。 切削条件を間違えると工具が簡単に壊れてしまい、加工が途中から、あるいは最初からやり直しになってしまいます。 加えて、加工が失敗するとエンドミルが折損したり、材料をロスしたり、最悪の場合は機械の故障したりしてお金がかるため、気軽に試して学べるようなものでもありません。

実際には、エンドミルを使って部品を削るという技術それ自体は、製造業に浸透しきった蓄積のある技術です。 ホビー用CNCにおいては、低剛性・エンドミル推奨外の芯ブレ・切粉排出なし・エアブローなし・など、数多くのホビーならではの特殊すぎる条件が付与されているせいで、製造業で一般に成熟された知識やエンドミルの推奨切削条件等をそのまま持っていくることができないのが、難しい最大の理由です。

ホビーCNCに適切な切削条件を探すにあたっては、エンドミルから出た粉の形状を顕微鏡で観察して流れ型かどうかを見たりしながら、エンドミルの推奨切削条件から機械の性能を見つついかに上手く落とすか、いかに最大効率で精度よく加工するか、そのノウハウを突き詰める作業がひたすら続きます。 加えて、期待している公差で部品の断面を仕上げたりするのは、加工の条件やCAMプロセスの試行錯誤なしでは達成できません。 ホビーCNCを使いこなすのは、想像しているよりも難しいです。

もしCNCがモデリングされた形状をそのまま自動で切り出してくれる便利なツールだと考えるのは、RCJ参加者のような年齢の学生さんにとっては大きな失敗を招くことになるでしょう。 最大効率やら精度の話はよりアドバンスドな話としても、これからCNCを導入したいと考える人にとっては、エンドミルを折らずに金属のフレームを削り切るだけでも相当な苦労を伴うでしょう。 金属を削りさえしなければハンドリングできるとして、削るのが簡単な素材では市販のキットや手加工などの製法と比較して飛躍的なパフォーマンス向上は望めないのも事実で、これこそが前述した手加工とCNCの損益分岐点の難しさです。

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図4 2018年RoboCup Rescue RMRC世界大会優勝機体に搭載されている4つの無限回転駆動型フリッパーの根元部分。 ギア、2つのボールスラストベアリング、1つのラジアルニードルベアリング、POM製リテーナをそれぞれ独自設計して削り出したもの。 公差がそれなりに狙えるようになると、ベアリングも自作できるようになる。

CNCを導入すべきかの判断ポイント

CNCの導入に対して否定的な事を書きましたが、CNCが便利で、CNCを使いこなせれば高度な設計を具現化できるのは間違いありません。 手加工でどこまでも複雑な部品を作ればいいのかといえば、本人の努力次第ではそれが可能であっても、それはそれでかかる時間と得られる成果のバランスが取れず、大会という締切のある開発はいずれ立ち行かなくなります。

手加工やキットのロボットで思うようにパフォーマンスが出ないとき、CNCがあればより良い結果を残せたかを議論するのはとてもむずかしいです。 それは、持ち合わせの製造手法に合わせて部品を設計できていなかったという設計の問題と捉えることもできますし、設計のレベルを満足に実機化できるだけの加工設備がなかったという見方もできます。 いわば、設計スキルと製造環境(スキル)のどちらに律速があったのかを考えるという事になります。

RCJに限って言えば、大会に参加する意義は参加者が成長する事であるから、参加者が満足な設計スキルがあるのに製造環境がなかったのであれば、それは頑張って製造環境を整えてあげたほうが良いと考えます。 一方で、CNCを使う上で最低限必要なCADでの設計をまだ習得していなかったり、設計スキルにまだ不足があるのであれば、それは製造環境がボトルネックにはならないだろうからCNCを手に入れたら解消とはならないとも思います。

CNCを使いこなせるほど設計技術が成熟しているかという問いは、にわとり・たまご的な話ではあります。 製造制約は実際に製造を経験しながら学ぶものだからです。 ただ、いずれにせよCNCの導入にかかる金銭的なコストと時間的なコストは考慮した上で、本当に損益分岐点を突破できるかは検討しておくべきだと思います。

まとめ:これからCNC加工機を導入したい人へ

RCJのレベルが上がり、上位のチームがひたすらロボットのパフォーマンスを上げていく中で、CNCを使ってしっかりとしたフレームを作ってロボットを作りたがるチームも増えました。 実際に、CNCは大会の上位で満足に戦えるロボットを作るためには必要なツールだと思いますし、私自身もCNCを大いに活用してロボットを作ってきた一人です。 しかし、これまでに説明したように、CNCを導入しようとする前に落ち着いて考えるべきことがいくつかあります。

それでも、総じて私は大会の技術のインフレを好意的に捉えていて、CNCの導入を志す参加者と、それをサポートできる大人が増えることが良いことだと信じています。 大会のそもそもの目的である教育の観点で見れば、参加者が技術的に高度な事にチャレンジするのは歓迎されるべき事だと思うからです。 同時に、選手には勝つためにCNCがほしいというような短絡的なモチベーションではなく、何を目指していて何を実現したいからCNCが欲しいのか、合理的なロジックを持って欲しいと思います。

CNC加工機やCADによる設計やモダンな言語でのプログラミング、プロが使うような高度なツールの活用などは、それを導入した事そのものが競技結果をサポートしてくれる事はまったくありません。 ただ、実際の開発現場で使われるような高度な設計・製造手法や高度なツールの活用体験は、経験としては間違いなく大きな価値があります。 お金も時間もかかる責任を背負ってでも何か挑戦的なチャレンジをする経験も、今後ものづくりを仕事にしていく人になるのであれば一層のこと貴重な経験になるでしょう。 私自身もそれを強く実感している一人で、頑張って取り組んだ手段がその時点では実は目的から外れていたとしても、憧れの技術に首を突っ込んで猛進してみるのはその時期しか体験できないことですし、振り返れば有意義な体験だったと思います。

要するに、CNCはいいぞ、という事です。